日本で初めてパンを焼いた人!江川英龍2019.04.12
日本で初めてパンを焼いた人、それが江川英龍です。
幕末の時代、伊豆に住んでいた幕府の代官でした。自宅にパン用の竃をつくり、パンを初めて焼いた人物なんですよ。今回は、パンの祖! 江川英龍の特集です。
「パンの祖」江川英龍
日本のパン業界から「パンの祖」と名高い、江川英龍。
時は幕末。伊豆にある自宅にて、彼は日本で初めて、パンを焼いたのです。
なぜパンを焼こうと思ったのでしょうか?
それは、パンが「軍事用の携帯食として、米よりも便利なのではないか?」と考えたからでした。それまで、日本の携帯用の食料としてメジャーだったのは「糒(ほしいい)」です。
これは、炊いた後の米を乾燥させたものなのですが、糒には重大な欠点があったのです。
携帯用に向いていたパン
「糒(ほしいい)」を作るには、まず米を炊かなければいけません。軍隊で移動する際には、大量にお米を炊かなければなりませんでした。
米を炊くとき、起こる「煙」。
その煙で、居場所がわかってしまったり、戦の準備をしている事が、遠方でもわかってしまいました。これは大問題ですよね、敵に知られてしまいますから。
事実、この煙を利用しした武将もいました。
上杉謙信です。
それは戦国時代、第4次川中島の戦いのこと。武田軍が夕方、盛大に炊き出している煙を見て「今宵、奇襲がくる」ということを予見したのです。そのくらい、ごはんを炊くときに出る煙は、戦にとって重大なウィークポイントとなりました。パンならば、煙もでないうえに日持ちがしますよね。
ここに目をつけた江川英龍は、軍事用の携帯食として「兵糧パン」を開発したのです。
パン祖のパン祭
1842年4月12日、兵糧パンを日本ではじめて焼いた日が、この日でした。伊豆にある韮山の屋敷で、試作として焼いたパンが、運命の逸品になったのです。
はじめて作られたという「兵糧パン」どんな味がするのでしょうか?
実は伊豆に現存する江川邸にて、復刻されたパンが販売されていました。その名も「パンの祖のパン」。
食べてみると甘みが少なく、実はけっこうおいしいパンでした。ただ、固い! めっちゃめちゃに固い! びっくりするほどカッチカチです。さすが携帯食ですね。
日持ちがするように開発されたパンなので、水分少なめに作ってあるそうです。江川氏がスゴイところは、パンを初めて作っただけでなく、幕府にパンの素晴らしさを認めさせた事。これがパンの歴史的な一歩となりました。
自信の営む塾で、パンの作り方を全国に広めたのです。今、パンが当たり前のように食卓に並ぶのは、江川氏がパン文化をメジャーにさせたから。
江川英龍は、いつしか「パンの祖」と呼ばれるようになったのです。
当時のレシピを再現! パン祖のパン
1842年4月12日に、パンが日本で初めて焼かれたことから
毎月12日は「パンの日」と呼ばれています。
4月12日になったら、パン屋さんに行ってみませんか?
カメリヤも、おいしい〜パンを焼いてお待ちしていますね♪
パンの祖は、新撰組の祖
いかがでしたでしょうか?
パンを初めて焼いた人、江川英龍は剣術においても達人で、当時としては画期的な策で、農民の頑丈な体に目をつけ、「農兵組織」をつくりあげた人でもありました。
幕末の世において、この人がいなければ農民の間で剣術が流行ることはなかったのです。新撰組も、この農民組織から生まれた隊でした。驚きですね。
新撰組を誕生させた歴史的な人物は、パンの祖でもあったのです。
江川邸
〒410-2143
静岡県伊豆の国市韮山韮山1番地
http://www.egawatei.com
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